山田花子没後21年◆誰か花子を想はざる ‐4‐
山田花子の「自殺直前日記」「魂のアソコ」を、軽い気持ちで読み始めたのだが、いろいろなことを考えさせる本だった。 例えば、「山田花子」というペンネームである。 彼女は最初「裏町かもめ」というペンネームで漫画を描きはじめたけれども、やがて「山田ゆうこ」に改め、20歳になって講談社から単行本「神の悪フザケ」を出版するようになったときに、「山田花子」に改名したのだった。 つまり、最後の名前はメジャーの舞台に登場するに当たって、新しくしたものだった。 |
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▼山田花子のノート (3)▼ |
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最初の「裏町かもめ」は、いかにも14,5歳の少女が考えそうなロマンティックな名前である。 それをやがて「山田ゆうこ」という何処にでもありそうな平凡な名前に改めたのは、少女趣味濃厚なペンネームに照れくささを感じ始めたからだろう。 しかし、これからマンガ家として本格的なスタートを切るに当たって、山田という平凡な姓では満足できなくなった彼女は、「山田」という姓に、それよりもっと凡庸な「花子」という名前を付け加えることで、一転して非凡な印象を与えるペンネームにしたのである。 「山田花子」彼女は、これで自分が反俗の世界に生きるアウトサイダーたることを天下に明らかにしたのだった。 彼女のエッセーや日記、メモや落書きのたぐいを見て行くと、次第に奇妙な感じに襲われ始める。 彼女を追悼する文章を読んでいると、山田花子は社会に適応して生きており、礼節を心得た淑女として人々から愛されていたらしいのに、彼女自身の目からすると山田花子はどうしようもないダメ女で、周囲から嫌われ、いじめられている人生の落伍者ということになってしまうのだ。 彼女は言う。 <私のようなカタワ者は、この世では絶対幸福になれないのだから、憂鬱になるのは当り前なのに、「憂欝=病気」「快活=健康」という固定観念があるので、「快活」にしなければと思うと余計憂鬱になってしまう>「自殺直前日記」には、この種の断章や日記がゴロゴロ並んでいる。 そして、また、自分よりもタフで、結果として彼女を圧迫する存在になっている家族や級友、仕事仲間や編集者に対する怨嗟の言葉がずらっと並んでいるのだ。 特に彼女が激しい攻撃を浴びせるのは、最も信頼し頼りにしていた母と妹であり、この二人を彼女は「天敵」と呼んでいるのである。 周囲が敵ばかりなら、実家の自室なり、一人暮らしのアパートなりに閉じこもっていればよさそうに思う。 部屋に籠もっていても、マンガ家としてちゃんと暮らしていけるだけの金が入ってくるのである。 彼女は、「ひきこもり」の生涯を可能にする才能を十分に持っていたのだ。 にもかかわらず、山田花子は孤独な生活に耐えられなかったのだった。 <一日に一度誰かとしゃべらないと不安になる。怖い。私は「他人」という鏡で自分を確認しないと自分が誰なのか分からなくて不安になる>人々を避けたいという気持ちと、人に会いたいという、互いに相反する気持ちが花子の中でせめぎ合っていたのである。 そのために、彼女はこんな悲鳴を上げなければならなかった。 <家の中にいると寂しさに耐えられない。外に出るといじめられる。何処へ行けばいいの!>アンビバレンツな心理は、これだけに留まらなかった。山田花子の内面のいたるところで、相反する心理がせめぎ合っていた。 ノートには、こんな断片も残されている。 <私は男の人とつきあいたいけど、つきあいたくない>彼女は売れないときには劣等感にさいなまれ、マイナー誌ではなく、メジャー誌から注文がこないかと待ち望んでいた。 だが、売れ始めて、仕事が忙しくなると、<遊ぶヒマなくてつまんない。前の方が良かった>と書いておいて、こう付け加えるのだ。<想像上の他人「ゼータク言うな!」> メモのなかには、こういうものもあった。 <最近、売れっ子になっちゃって、毎日漫画ばかり描いて他のこと何も出来ない。「こんな事して何になるの?」と思う。無駄なことして人生損したくない。希望与えてほしい>しかし、花子における最大の矛盾は、自分自身を最も憎んでいることだった。 彼女は女というものについて、まるで人ごとのようにこう書いている。 <女は死ぬほど臭いウンコ大量にしといて、男の前では「私はウンコなんかしませーん」て顔してなきゃ駄目。お高くとまっているのは嫌なものだと思って隠さないでいると「げひん―、ヤダ―」って事になっちゃうよ>こんなことを書いたのも、彼女が雑文やマンガでウンコのことをよく書くからだった。 すると、女性読者から顰蹙を買い、非難の投書が来ていたのだ。 彼女は、非難されれば、ますます女性の偽善を鋭く衝くエッセーや雑文を書いて、読者を挑発する。 花子は女性の偽善を憎んでいたが、彼女が一番憎んでいるのは、やはり自分自身だったのである。 花子は、何故アンビバレンツな心理に挟み撃ちにされ続けるのだろうか、その理由を突き詰めて行くと、母親の存在が浮上してくるのだ。 小学校教師だった母親は、長女を厳しくしつけた。 そのため花子は「生真面目」な子供になっていたのである。 <「生真面目」は私の性格だから、私にとっては自然体、そういう私を見て他人が「もっと自然にしたら―」と言うが、それはその人にとっての自然体なのだ。無理に合わせようとするとストレスになる>花子は成長するにつれて、母親の干渉をうるさく感じはじめた。 だが、反抗しても母に言いくるめられて、結局、親の言うとおりになってしまう。 花子の手記には、いたるところに理屈で母にねじ伏せられ、グーともいえなくなる自分について書かれている。 花子が母への反発から、オキテ破りの行動に出ようとしても、母の言葉が心に残っていてブレーキになり、土壇場で踏みとどまってしまう。 結局、花子に出来ることといったら、いたずら電話をかけたり、たまに万引きをするくらいしかなかった。 両極端の間を激しく揺れ動く自分を落ち着かせるために、花子はメモ魔になった。 <私は、自分の気持ちを整理するため&思いついたことや情報忘れしないため、直ぐその場でメモしておかないと不安で(メモ病)フロや買い物いく時にもメモ帳とペン持ち歩いている>彼女は、メモを付けるのは情報を忘れないためであり、性格的に几帳面だからだといっている。 だが、メモを付けるのは揺れ動く自分の気持ちを固定させるためであり、そして、そこから脱却し、自分を外側から客観視するためだった。 ▼在りし日の山田花子▼ <よく「神様が見守っててくれるから」とか言うが、神様は辛い目に合わせるだけで、その試練に耐えても心の幸福を与えてくれるわけではない。世間は人間社会の外に「神」がいると思わせることで「社会の掟」守らせるようにしているのだ>彼女は西欧の神を信じていなかったが、通俗化した仏教に惹かれ始め、<人生のテーマ=前世で背負ったカルマを現世で償うこと>と呟くようになった。 <私は前世で、多分、神に逆らってカルマ背負ったと思われる。孤独、臆病、不器用だから他人に笑われる、バカにされる。他人の優越感を満足させる道具でしかない私の存在など、与えられた試練に一生耐えないと、来世でまたカルマが加算されてしまう。耐えれば、カルマは現世で清算され、来世では自然体で生きられる。何故私だけこんな目に合うのか教えて欲しい。運命に与えられた試練なんてイヤだ。納得できない。不平等なくしてくれ!こんな役イヤだ!>山田花子は、もっと早くに自殺したかったが、カルマを信じることで何とか自死欲求を制御していたのである。 痛ましい生涯だった。 ■合掌■ |
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新「年寄りの冷や水日記」|山田花子の自殺‐4‐より Text By 老子的アナーキスト |