読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Dear rosita

The blog is like strolling in own mind for me.

東日本大震災と怪談実話

f:id:Dearrosita:20130613003211j:plain
ニューヨークタイムズに掲載された水木しげるの1枚の震災画▲

怪談実話を通して東日本大震災と向き合おうとしている人たちがいる。

そうしたイベントが「みちのく怪談」が中心となって催されたことを知ったのは以前にも紹介した私の友人で怪談実話作家の卵でもある崩木十弐(彼もまた被災者である)からの一通のメールであった。

具体的にそこで何が話し合われたのかについては書かれていなかったため、ネットで検索してみたところ、その一端が垣間見えてきた。

そこにはこんなエピソードが綴られていた。
本日(5月29日)は、仙台市の静かな住宅地である、清水沼の公民館で開催された「みちのく怪談シンポジウム◆震災怪談」に出席してまいりました。

アンソロジストで「怪談専門誌◎幽」の編集長である東雅夫氏、怪談作家の黒木あるじ氏、荒蝦夷代表の土方正志氏による鼎談に続き、在仙の怪談作家による怪談トークが披露され、ぼくも1本、拙い噺をしてまいりました。
■□■□■■□■□■■□■□■■□■□■■□■□■■□■□■■□■□■
怪談の定番として「タクシーに乗る幽霊」ってのがありますね。
深夜にタクシーを呼び止める客があり、目的地まで行くと消えている、そしてシートがぐっしょり濡れていた、というやつ。
あれ、どうして濡れるのかわかりますか。
タクシーの幽霊話ってのは、日本にタクシーが普及しはじめた大正時代からあるんですが、はじめのころは座席が濡れるというオチはなかったんです。
そのころ話されていたバージョンだと、若い女を乗せて自宅まで届ける、「お金を取ってきます」と客は家に入っていくが出てこない、困った運転手が家の玄関を叩くと、父親が出てきて「それは亡くなった娘に違いない、今日は命日でした」と告げるというオチだったんです。
ちなみにこれと同じ話は、今でもアメリカでは語り継がれています。

「シートが濡れる」というオチが生まれたのは、昭和30年ごろのことです。
その元になったのは、昭和29年の洞爺丸沈没事故だったようですね。
青函連絡船が台風で沈没して、1000人以上が亡くなったという日本海運史上最大の惨事です。
あの事故の後、函館で「全身ずぶ濡れの女性がタクシーから消えて、シートに水たまりができていた」という怪談が話されるようになったんです。
それが全国に伝わり、今では事故との関係はほとんど忘れられていますが、シートが濡れるというオチだけが残っているというわけです。

水と怪異は相性がいい、ということを踏まえまして、わたくしのお話に入ります。

わたくしワッシュは子どもの頃から髪の毛が薄く、20代に入るころには新しい毛がまったく生えてこなくなったんです。
なので20代前半の頃に頭を剃りまして、それ以来ずっとスキンヘッドで過ごしております。
そのせいで、ちょくちょく「お坊さんですか?」なんて聞かれるんですね。
こんな俗人なんですけどね。

去年の七夕祭りの日のことです。
その日、わたくしは古い友だちと仙台の繁華街に繰り出しまして、にぎやかな街でしたたかに痛飲いたしました。

その友だちと別れて、帰りに仙台駅までタクシーに乗ったんです。

その運転手さんがね、わたくしの風体を見て「和尚さんですか?」と言うんですよ。

年の頃なら60がらみぐらいだったでしょうか、いかにも篤実そうな運転手さんでした。
ここで「違います」と言うのもせっかくの興を削ぐと思ったので、わたくし「和尚だなんてとんでもない。まだ修行中の身です」なんて、まぁいいかげんなことを言っちゃったんですね。
そうしたらね、運転手さんが訥々と語り始めたんですよ。

わたしも長いことこの辺でタクシーやってますけどね、お化けを乗せたなんて話はそんなに珍しくもないんです。
でもね、やっぱり震災のころからぐっと増えてるんですよ。

夜中に、仙台の東の方を流してますとね、なんとなく影の薄い感じの若い女の人が、手を上げて呼び止めるんですよ。
嫌な予感がするんだけど、こっちも仕事だから乗せないわけにもいかんでしょ。
それで、乗せると「荒浜まで」っていうんですよ。
荒浜なんて、もうほとんど誰も住んでないし何も残ってないでしょ。
だからわたしも、お客さん、あそこはもう何もないですよ、そう言って振り返るんです。
そうすると、誰もいないんですよね。

ああやっぱり、そう思うんですけど、不思議と怖さは感じないんです。
怖いというより、とにかく悲しいんですよ。

こういうときはね、誰も乗ってないけど「乗車中」にして、言われたところまで行くんですよ。
きっと帰りたいでしょうからね……。

ああ、いい話だなあ。
そう思いましたね。
東北の人はね、亡くなった人のことをずっと身近に感じていたいものなんです。
東北では、この世とあの世ってそんなに遠くないんですよ。
そういう感覚が非常によく表れたエピソードだと思いましたね。

それからしばらくして、わたくし、名取市にちょっと用がありまして、名取駅からタクシーに乗ったんですよ。

そうしたらね、運転手さんが言うんです。

お客さん、最近この辺で夜中にお客を乗せるとね、「閖上まで」っていうんですよ。
あそこにはもう何もないよ、そう言って振り向くと誰もいないんです。
そういうときはね、閖上まで行くんですよ。
きっと帰りたいでしょうからね。

そりゃわたくしも大人ですからね、その話はもう聞いたよとか言うほど野暮じゃありませんわね。
さも初めて聞いたみたいな顔をして、「いい話ですねえ」とか言って相槌を打ったんです。

そしてこれは最近のことですが、わたくし、亘理町のほうで用事がありまして、亘理駅からタクシーに乗ったんです。

そうしたら運転手さんが言うんですよ。
最近この辺でお客さんを乗せると「鳥の海まで」っていうんです、ってね。

どうやら、被災地のタクシー業界では、みんなこの話をするように決まってるみたいです。
これを読み、私は被災地にとって怪談実話とはある種のカタルシスではないだろうかと思うようになった。

こうした一連の取り組みを私はこれからも応援してゆきたい。